ポルポト「メガネで処刑」は本当?なんJでも話題の虐殺の真相と歴史

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1978年末、度重なる国境侵犯と虐殺に耐えかねたベトナム軍がカンボジアへ侵攻。翌1979年1月にプノンペンが陥落すると、ポル・ポトとクメール・ルージュの残党はタイ国境沿いの密林地帯へと逃亡しました。

密林に逃げ込んだ後もゲリラ戦を継続したポル・ポトでしたが、冷戦の終結とともに国際的な支援を失い、組織内部でも激しい権力闘争と猜疑心による粛清を繰り返します。1997年、長年の側近であったソン・セン一族を処刑したことで部下の信望を完全に失い、軍司令官タ・モクによって拘束され、自宅軟禁下に置かれました。

そして1998年4月15日、ポル・ポトはタイ国境近くの小屋で72歳で死亡しました。公式発表上の死因は「心不全」とされていますが、国際戦犯法廷への引き渡しが迫っていた時期であったことから、服毒自殺説や側近による毒殺説など、その最期には今なお深い疑惑が付きまとっています。法廷で裁かれることもなく、粗末な小屋のベッドでゴミのようにタイヤとともに火葬されるという、あまりにも呆気ない幕引きでした。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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