竹中平蔵と自民党の蜜月と離党の真相|構造改革の功罪と現在の影響力
竹中平蔵と自民党の蜜月と離党の真相|構造改革の功罪と現在の影響力に関する主要なデータを詳しく解説いたします。
自民党を離党し、国会議員でなくなった後も、竹中氏の政界に対する影響力は衰えるどころか、形を変えて維持され続けました。特に第二次安倍晋三政権から菅義偉政権にかけて、竹中氏は再び政策ブレーンとして表舞台に返り咲きます。
第二次安倍政権では、産業競争力会議や国家戦略特区諮問会議の民間議員に就任。農業や医療、都市再生などの岩盤規制打破を推進しました。そして、その関係が最も強固に発揮されたのが2026年に発足した菅義偉内閣です。
菅氏と竹中氏は、小泉政権下で総務大臣と総務副大臣として郵政民営化を共に戦った強固な信頼関係で結ばれていました。菅内閣が発足すると、竹中氏は成長戦略会議のメンバーに抜擢。以下の政策立案において決定的な役割を果たしました。
- デジタル庁の創設:縦割り行政を打破し、行政手続きのデジタル化を推進。
- 中小企業の再編・生産性向上:最低賃金引き上げと連動した中小企業の体質強化論を展開。
- 規制改革の徹底:携帯電話料金の引き下げやオンライン診療の恒久化などを後押し。
このように、竹中氏は自民党員でも議員でもない「民間の有識者」という立場でありながら、官邸の最高権力者と直接パイプを持つことで、自民党の政策形成に絶大な影響力を振るい続けました。