純烈・後上翔太の結婚と脱退の噂を追う!理科大中退の真実と現在の素顔
純烈・後上翔太の結婚と脱退の噂を追う!理科大中退の真実と現在の素顔の全体像を丁寧に掘り下げてご紹介します。
後上翔太の経歴を語る上で欠かせないのが、「名門・東京理科大学中退」という異例の学歴です。芸能界入りを目指して養成所に通ったり、子役から下積みを経験したりした他のメンバーとは異なり、彼は完全に「一般の大学生」として青春時代を過ごしていました。
東京都出身の後上は、名門私立校として知られる桐蔭学園高等学校を卒業後、超難関の理系私大である東京理科大学経営学部に進学しました。同大学は進級基準が極めて厳しく、学業に真摯に向き合わなければ卒業できないことで知られています。真面目に講義を受け、単位を取得していた彼がなぜ、キャリアを放り出して歌謡界という不透明な世界へ飛び込んだのでしょうか。
転機は大学4年生、まさに就職活動が本格化する目前のタイミングでした。共通の知人を介して出会った元戦隊ヒーロー俳優の酒井一圭から、「おじさんたちと本気で紅白歌合戦を目指さないか」と突然の猛烈な口説きを受けたのです。当時の純烈はデビューすら決まっておらず、給料の保証も一切ない無謀なプロジェクトでした。
当時の様子について、後上は自著やドキュメンタリー番組の回顧インタビューで生々しい葛藤を語っています。「スーツを着て就職説明会に通う周囲の同級生を見ながら、敷かれたレールの上を進むだけの人生に疑問を抱いていた。酒井さんの異様な熱量に触れた瞬間、理屈ではなく直感で『この船に乗らなければ一生後悔する』と感じた」と振り返っています。
しかし、エリートサラリーマンとして厳格に育ててくれた両親の反応は凄まじいものでした。大学中退を切り出した際、当然ながら猛反対を受け、父親からは勘当寸前の激しい怒りを買いました。後上は「絶対に中途半端では終わらせない」と両親に土下座をして退学届を提出したという逸話が残っています。実家が裕福で教育熱心な家庭であったからこそ、この中退劇は一族を巻き込む一大事件であり、背水の陣で挑む覚悟の原点となったのです。