Da Pump Issaの現在地|結婚と家族の素顔・衰えぬ歌唱力の秘密

Da Pump Issaの現在地|結婚と家族の素顔・衰えぬ歌唱力の秘密の全貌を丁寧に掘り下げてご紹介します。

ISSAの強靭なアーティストシップを理解する上で、そのルーツと幾度もの試練を抜きに語ることはできません。本名は辺土名一茶(へんとな いっさ)。1978年に沖縄県沖縄市コザで生を受けました。アメリカ人である祖父を持つクォーターであり、米軍基地のカルチャーと琉球伝統音楽が混ざり合う独自の土壌が、豊かなリズム感とグルーヴの原点となりました。

幼少期に名門「沖縄アクターズスクール」へ入校した辺土名は、当時から群を抜くダンスセンスとピッチの良さで指導陣を唸らせていました。ISSAの若い頃を知る当時のスクール関係者は、「教えていないステップでも一度見ればその場で自分のものにしていた」と述懐しています。1997年6月、シングル『Feelin' Good -It's PARADISE-』でメジャーデビューを果たしたDA PUMPは、ISSA、KEN、YUKINARI、SHINOBUの4人編成(いわゆるDA PUMPの初期メンバー)で瞬く間にトップチャートを駆け上がりました。

当時の男性アイドル像を根底から覆す本格的なストリートダンスとブラックミュージック直系のR&Bサウンドは、NHK紅白歌合戦に5年連続出場を果たすなど、平成カルチャーの金字塔となります。しかし、その栄光の道のりは平坦ではありませんでした。

2000年代中盤からメンバーの脱退が相次ぎ、グループは活動休止の危機に直面します。さらに追い打ちをかけたのが、2008年夏のリハーサル中に見舞われた右大腿骨骨折の重傷でした。医師から「以前のように踊ることは極めて困難」と宣告されるほどの致命的なダメージを負いながらも、ISSAは過酷なリハビリに耐え抜きました。2008年末にはKENZOら卓越した実力を持つ若手ダンサーを迎えて新体制を発足させたものの、テレビメディアの露出は激減。ショッピングモールの催事場や吹き抜け広場をワゴン車で巡る、いわゆる「モールツアー」を数年間にわたって続ける雌伏の時代を経験しました。

観客がまばらなイベントスペースでも、ISSAは決して手を抜くことなく、100%の歌声とパフォーマンスを届け続けました。この地道な泥臭い経験が、グループの絆を強固にし、後年の大逆転劇へとつながる土台となったのです。

中川 明日香

中川 明日香

ビジネス戦略アナリスト

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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