近畿最古の芝居小屋「出石永楽館」奇跡の復活と見どころ全貌
近畿最古の芝居小屋「出石永楽館」奇跡の復活と見どころ全貌に関する深掘り記事をまとめてご紹介します。関心のある方は必見です。
出石永楽館が産声を上げたのは、近代日本の芸能文化が爛熟期を迎えていた1901年(明治34年)のことです。当時、出石周辺は但馬地方の政治・経済の中心地として繁栄しており、地域の旦那衆や町衆の出資によって本格的な芝居小屋が建設されました。大正から昭和初期にかけては、歌舞伎や新派劇、寄席はもちろん、活動写真(映画)の上映など、但馬随一の娯楽の殿堂として庶民の熱気に包まれていました。
しかし、高度経済成長期を迎えた昭和30年代、テレビの急速な普及や映画館の衰退といった時代の潮流には逆らえず、1964年(昭和39年)に閉館を余儀なくされます。その後、建物は製材所の木材倉庫などとして転用されたものの、建物の傷みは激しく、瓦の落下や床の腐食など荒廃の一途を辿り、一時は取り壊しすら検討されていました。
風向きを変えたのは、「ふるさとの誇りある文化遺産を後世に残したい」と立ち上がった地元住民の情熱でした。1990年代後半から「永楽館を甦らせる会」を中心とした熱心な保存運動が展開され、数千名規模の署名や寄付が集まりました。豊岡市による公有化と綿密な復元工事(総事業費約4億3,000万円)を経て、2008年(平成20年)7月、44年ぶりの大復活を果たしたのです。当時の関係者は「図面が残っていない部分も多く、古写真の分析や古老の記憶を頼りに釘一本の打ち方まで当時の技法を再現した」と振り返っています。