もし荒川が氾濫したら?東京水没の危機と命を守る避難の決定打
もし荒川が氾濫したら?東京水没の危機と命を守る避難の決定打の詳細について、専門知識を取りまとめてご紹介します。
東京の治水史を振り返ると、荒川の氾濫対策は壊滅的な水害との戦いの歴史そのものです。その原点となったのが、昭和22年(1947年)に発生したカスリーン台風決壊の歴史です。現在の埼玉県加須市付近で利根川の堤防が決壊し、濁流は荒川流域を含む東京下町まで流れ込んで死者・行方不明者1,900人以上を出す大惨事となりました。
この大水害以前にも、明治43年(1910年)の大洪水を契機として、抜本的な治水事業として人工河川である「荒川放水路」(現在の荒川下流本流)が開削されました。昭和5年に完成したこの巨大放水路が、現在の東京低地帯を守る防波堤の役割を果たしています。
さらに現代の治水を支えているのが、上流部に整備された遊水地群です。特に埼玉県に位置する「荒川第一調節池(彩湖)」は、令和元年東日本台風(台風19号)の際、過去最高となる約3,500万立方メートルの洪水を貯留し、下流部の水位を数十センチ押し下げる決定的な役割を果たしました。
現在、荒川調節池効果と現在状況に注目が集まる中、国交省はさらなる治水容量を確保すべく「荒川第二・第三調節池」の建設を推進しています。完成すれば第一調節池と合わせて約8,600万立方メートルという東京ドーム約70杯分の貯水能力が確保され、気候変動下における首都防衛の要として期待されています。