アンジャッシュのネタ作りはどっち?すれ違いコント誕生の真相と現在

アンジャッシュのネタ作りはどっち?すれ違いコント誕生の真相と現在について押さえておきたい 注意点を分かりやすい構成で解説いたします。

世間一般では「弁が立ち、知的なイメージの強い渡部建 ネタ担当」という印象が根強く持たれていました。バラエティ番組での立ち振る舞いや、児嶋一哉のポンコツ・いじられキャラが定着したことも、そのパブリックイメージに拍車をかけた要因です。しかし、関係者の証言や二人の回顧録を紐解くと、事実は大きく異なります。

結論から言えば、アンジャッシュのネタ作りは完全な「二人の分業・共作体制」でした。「どっちが作ったか」という二者択一ではなく、児嶋が着想を生み、渡部がそれを構造化するという、極めて稀有な役割分担が成立していたのです。

結成初期、プロダクション人力舎の養成所スクールJCA時代から若手時代にかけては、実は児嶋一哉 ネタ作りの主導権を握っていました。コンビを結成する際、同級生だった渡部を誘ったのは児嶋であり、当初は児嶋がノートに書いた台本を渡部に渡すという王道のスタイルをとっていたと当時のライブ関係者は明かしています。

転機となったのは、コンビ結成から数年が経過し、従来のオーソドックスなコントでは賞レースや地上波の壁を破れなかった時期でした。苦悩の末に児嶋が持ち込んだ「お互いが完全に別のシチュエーションを思い浮かべているのに、会話の文脈だけが奇跡的に噛み合ってしまう」というワンアイデアに渡部が強く共鳴。ここから、アンジャッシュ独自の制作スタイルが確立されることになりました。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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