没後20年の真相:橋本龍太郎はなぜ「国家の解体」に挑み、そして破れ去ったのか
没後20年の真相:橋本龍太郎はなぜ「国家の解体」に挑み、そして破れ去ったのかにまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。
内政での苦闘とは対照的に、外交の舞台で橋本は類稀なる存在感を放った。1997年、ロシアのクラスノヤルスクで行われた日露首脳会談。ロシア大統領ボリス・エリツィンと橋本は、互いを「ボリス」「リュウ」と呼び合い、公式の場でありながらノーネクタイで釣りに興じた。
「東京宣言に基づき、2000年までに平和条約を締結する」。あの意気込みは、日露外交史において最も領土問題解決に近づいた瞬間と言われた。相手の懐に飛び込む果敢さと、複雑な歴史的経緯を丸暗記して臨む緻密さ。ウクライナ侵攻以降、決定的に冷え切った現在の日露関係から振り返ると、あの密月はまるで別の惑星の出来事のようにも思える。