清渓川の奇跡と裏側!巨額の維持費・水質の真相と2026観光ガイド
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清渓川の歴史は、朝鮮王朝時代にまで遡ります。漢陽(現在のソウル)を取り囲む内四山から水が流れ込む自然河川として、かつては生活用水や洗濯場として庶民の暮らしに密着していました。しかし、朝鮮戦争後の急激な都市化と人口集中に伴い、周辺にはスラム街が形成され、生活排水による深刻な悪臭や衛生悪化が都市問題として浮上します。
事態を打開すべく、軍事政権下の1960年代から1970年代にかけて大規模な暗渠(あんきょ)化工事が強行され、川の上には総延長約5.8kmにおよぶ「清渓高架道路」が建設されました。高度経済成長期「漢江の奇跡」のシンボルとして称えられた高架道路でしたが、2000年代に入ると老朽化が深刻化し、維持補修費の増大と安全性の懸念が限界に達します。
この局面で大胆な勝負に出たのが、当時のソウル特別市長であった李明博(イ・ミョンバク)氏です。2002年の市長就任とともに「清渓川復元事業」を公約に掲げ、高架道路の全面撤去と水辺空間の再生を宣言しました。露天商や地元商業者からの猛反発、交通渋滞悪化への不安の声を数千回におよぶ対話で押し切り、2003年7月に着工。約2年3カ月という異例のスピードで工事を完了させ、2005年10月1日、半世紀ぶりに清渓川が地上に姿を現しました。この劇的な成功が李明博氏の政治的求心力を高め、後の大統領就任へと押し上げる原動力となった経緯は広く知られています。