岩崎弥太郎の生涯と三菱創業の真実|龍馬・渋沢との確執から子孫の現在
岩崎弥太郎の生涯と三菱創業の真実|龍馬・渋沢との確執から子孫の現在にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。
岩崎弥太郎から始まった一族は、明治・大正・昭和を通じて日本の政財界および文化界の要人と幾重にも重なる姻戚関係を結びました。岩崎弥太郎の子孫と家系図の現在を辿ると、近代日本のエリート層を形作った華麗なる閨閥(けいばつ)が浮かび上がります。
3代目総帥を務めた弥太郎の長男・岩崎久弥は、農園経営や社会還元に尽力し、東洋文庫の創設など文化事業に多大な足跡を残しました。4代目総帥となった弥之助の長男・岩崎小弥太は、第二次世界大戦末期の財閥解体期まで三菱を率い、グループの近代化と事業部制の導入を断行しました。
弥太郎の孫にあたる人物の中には、混血孤児の救済施設「エリザベス・サンダース・ホーム」を創設した沢田美喜(旧姓・岩崎)のように、社会事業の分野で歴史に名を刻んだ人物も存在します。また、一族は元首相の加藤高明や幣原喜重郎、天皇家・華族層とも婚姻関係を結び、国家の中枢に深いネットワークを形成しました。
2026年現在、三菱グループ各社は独立した上場企業として運営されており、岩崎家が直接的な経営権を握っているわけではありません。しかし、中核29社で構成される三菱金曜会などを通じた緩やかな連帯や「所期奉公・処事光明・立業貿易」という三綱領の企業理念の中には、弥太郎が一族とともに蒔いた企業家精神が脈々と息づいています。