井筒俊彦の知性と生涯|30カ国語を操る東洋哲学の巨人を徹底解説
井筒俊彦の知性と生涯|30カ国語を操る東洋哲学の巨人を徹底解説の基本情報から最新動向までを徹底的にカバーしました。
日本における井筒俊彦の名を不朽のものとしたのが、1957年から1958年にかけて岩波書店から刊行された『コーラン』の日本語訳です。当時、日本に存在していた翻訳はいずれも英訳本からの重訳であり、アラビア語特有の語感や神聖な響きが失われていました。井筒は、原典の古典アラビア語が持つ極度に緊迫した詩的リズムと、言葉の重層的な意味を日本語の散文詩のような格調高い文体で見事に再現したのです。
翻訳と並行して彼が情熱を注いだのが、イスラーム神秘主義である「スーフィズム」の研究でした。イスラームというと厳格な戒律や法学のイメージを持たれがちですが、井筒が光を当てたのは、大宇宙と人間が神の愛の中でひとつに溶け合う「存在一性論(ワフダ・アル=ウジュード)」を唱えた大哲学者イブン・アラビーらの思想です。
「神とは客観的な対象ではなく、あらゆる存在の奥底から立ち現れる光である」というスーフィズムの存在論は、西洋の二元論的な思考に慣らされた世界中の哲学者たちに鮮烈なパラダイムシフトをもたらしました。教義の形式的な違いに囚われるのではなく、人間精神が極限の直観において体験する「絶対者との合一」を論理的に解明した点に、井筒のイスラーム哲学研究の真骨頂があります。