香淳皇后の知られざる生涯と真実|美智子さまとの関係や昭和天皇との絆

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お妃内定の直後、日本近現代史上に残る政治抗争「宮中某重大事件」が勃発します。元老の山県有朋や医師団が、久邇宮家の母方である島津家に「色盲(色覚異常)の遺伝」があることを問題視し、皇統の純潔を理由に婚約辞退を強硬に迫ったのです。

これに対し、父・久邇宮邦彦王は「天皇自らの勅許を受けた婚約の破棄は受け入れられない。強要されるなら自害も辞さない」と猛反発。政界、宮内省、皇族、さらには右翼勢力まで巻き込む大騒動へと発展しました。

事態を決着させたのは、貞明皇后(大正天皇の皇后)の強い意思と、宮内省による1921年(大正10年)2月の「良子女王殿下御婚約に変更なし」との公式発表でした。昭和天皇自身も周囲の雑音に惑わされることなく良子女王への信頼を貫き、1924年(大正13年)1月26日、ついにご成婚の儀が執り行われました。この過酷な試練を乗り越えた経験が、両陛下の揺るぎない絆の礎となったと伝えられています。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

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