矢沢永吉からPerfumeまで!広島出身アーティストの豪華すぎる系譜
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日本のポピュラー音楽が黎明期から成熟期へと向かう過程で、広島出身の表現者たちは常にゲームチェンジャーとしてシーンの最前線に立っていました。その原点には、地方から中央へと殴り込みをかけた強烈なハングリー精神が存在します。
矢沢永吉 広島時代エピソードを語る上で欠かせないのが、自伝『成りあがり』でも克明に記された若き日の記憶です。広島市南区や安芸郡で過ごした極貧の少年時代、ラジオから流れるビートルズに衝撃を受け、「ビッグになる」と誓った矢沢さんは、高校中退後にわずかな所持金とギター1本を抱えて広島駅から夜汽車に飛び乗りました。東京へ直行せず横浜で途中下車したエピソードは有名ですが、理不尽な境遇をエネルギーへと変換する不屈の反骨心こそが、後にキャロルを結成しソロとして日本武道館最多公演記録を塗り替え続けるロックスターの原動力となりました。
一方、自作自演のシンガーソングライター文化を日本に定着させたのが吉田拓郎さんです。広島商科大学(現・広島修道大学)在学中に結成された吉田拓郎 広島フォーク村は、商業主義に染まらない若者主導の音楽ムーブメントの震源地となりました。「結婚しようよ」「旅の宿」といったメガヒットを連発し、大規模野外コンサートのフォーマットを日本で最初に確立した拓郎さんのDIY精神は、後のJ-POPシーンの礎を築いた決定的な功績です。
さらに、歌謡界にロックのダイナミズムを持ち込んだのが西城秀樹 広島出身 伝説です。広島市東区で生まれ育った西城さんは、中学生時代からジャズ喫茶でドラムを叩くなど早熟な洋楽志向を持っていました。上京後は「新御三家」として爆発的な人気を獲得しながらも、マイクスタンドアクションやスタジアムコンサートなど、日本のアイドル・エンタテインメントの概念を根底から覆すパフォーマンスを披露し、多くの後進に多大な影響を与えました。