スペースワールド閉園の真相と跡地の現在|巨大シャトル解体と復活の謎

スペースワールド閉園の真相と跡地の現在|巨大シャトル解体と復活の謎の要点を分かりやすくまとめてご紹介します。

スペースワールドが2017年12月31日をもって閉園すると報じられた際、世間の耳目を集めたのは、直前の2016年11月に発生したスケートリンク企画「氷の水族館(フリージングポート)」の炎上騒動でした。リンクの氷の中に約5,000匹の死んだ魚を埋め込んだこの企画は、SNSを中心に「命を冒涜している」「残酷だ」との猛烈な批判を浴び、わずか2週間足らずで営業休止・魚の供養に追い込まれました。その直後となる同年12月16日に閉園が公式発表されたため、「炎上による客離れや企業イメージ失墜が致命傷になった」と誤解されるケースが今なお後を絶ちません。

しかし、経済紙の報道各社や加森観光(当時の運営会社)関係者の証言を突き合わせると、スペースワールド閉園理由の真因は「土地の定期借地権契約満了に伴う条件交渉の決裂」にあります。スペースワールドが立地していた約24ヘクタールの敷地は、もともと新日鉄住金 八幡製鐵所(現・日本製鉄九州製鉄所八幡地区)の遊休地であり、運営側は土地を所有する新日鉄住金から長年借地する形でパークを運営していました。

2005年に旧運営会社が民事再生法を申請した際、北海道を拠点にリゾート再生を手掛ける加森観光が経営を引き継ぎました。その際、新日鉄側とは賃料を大幅に減免する特約付きで定期借地契約が結ばれていましたが、その契約満了期が2018年春に迫っていたのです。契約更新に向けた協議において、新日鉄住金側が提示した通常の適正地代への引き上げや土地活用方針に対し、パークの収益構造では将来的な投資原資を維持できないと加森観光が判断。結果として、事業継続を断念するに至ったというのが決定的な事実です。「氷の水族館」の騒動は発表直前のタイミングと偶発的に重なっただけであり、閉園のレールはそれ以前の水面下の経営交渉ですでに敷かれていました。

山崎 陸

山崎 陸

ガジェット&アプライアンスライター

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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