田中将大の高校時代は何が異次元だったのか?駒大苫小牧と伝説の死闘

田中将大の高校時代は何が異次元だったのか?駒大苫小牧と伝説の死闘の詳細について、専門知識を詳しくお届けします。

田中投手の名が全国に轟いた最大の契機は、高校2年時の2005年夏に開催された第87回全国高等学校野球選手権大会です。前年(2004年)に北海道勢初となる夏の甲子園優勝を果たしていたチームにおいて、背番号11を背負った田中投手は実質的な大黒柱として君臨しました。

準決勝の大阪桐蔭戦では、当時高校生離れした打線を誇る相手に対し、リリーフ登板して圧巻の奪三振ショーを披露。試合中に当時の2年生投手としては驚異的な最速150km/hを叩き出し、甲子園球場のスタンドをどよめかせました。決勝の京都外大西戦でも気迫あふれるリリーフでリードを守り切り、最後は空振り三振を奪って歓喜のマウンドへ飛び込みます。

この優勝により、駒大苫小牧は1948年の小倉(旧制小倉中)以来、57年ぶりとなる夏の甲子園連覇を達成しました。2年生ながら大会通算で防御率1点台前半、要所をすべて締める圧倒的な存在感を見せつけ、高校球界最強投手の称号を手に入れた瞬間でした。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest