香淳皇后の知られざる生涯と美智子さまとの真相!昭和を支えた国母の素顔
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香淳皇后は、昭和天皇との間に2男5女、計7人の皇子女をもうけました。戦前における皇族の子育ては生後まもなく養育係に預けるのが慣例でしたが、香淳皇后は可能な限り自身の手元で愛情を注ぎ、新しい皇室の家庭像を模索しました。
宮号・名前生没年続柄・概要照宮 成子内親王1925年 - 1961年第1皇女。東久邇宮盛厚王へ降嫁(東久邇成子)。35歳で早世。久宮 祐子内親王1927年 - 1928年第2皇女。敗血症のため生後わずか1歳で夭折。孝宮 和子内親王1929年 - 1989年第3皇女。鷹司平通へ降嫁(鷹司和子)。後に神宮祭主を務める。順宮 厚子内親王1931年 - 存命第4皇女。池田隆政へ降嫁(池田厚子)。元神宮祭主。継宮 明仁親王1933年 - 存命第1皇子。第125代天皇(現・上皇陛下)。義宮 正仁親王1935年 - 存命第2皇子。常陸宮家を創設(現・常陸宮正仁親王)。清宮 貴子内親王1939年 - 存命第5皇女。島津久永へ降嫁(島津貴子)。
幼くして亡くなった久宮祐子内親王の死や、長女である東久邇成子さんの若すぎる病死など、母親として深い悲しみを幾度も経験しました。そうした苦難を経ながらも、子供たち一人ひとりに対して常に深い情愛を注ぎ続けた姿は、多くの記録に残されています。