加藤浩次の若い頃が超絶イケメン!狂犬と呼ばれた壮絶過去と真相を徹底解説
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高校卒業後、東京へ渡った加藤浩次は、当初からお笑い芸人を目指していたわけではありませんでした。役者を志して劇団東京ヴォードヴィルショーの研究所(養成所)に入所したことが、彼の人生を大きく転換させる運命の分岐点となります。
そこで出会ったのが、後に生涯の相方となる山本圭壱でした。劇団内でも異彩を放ち、周囲から浮いていた二人はすぐに意気投合。「役者よりも二人でコントをやった方が面白い」と確信した加藤は山本を誘い、1989年に極楽とんぼを結成します。二人は劇団を退団し、吉本興業の東京進出拠点であった「バッタモンクラブ」のオーディションに挑み、見事合格を果たしました。
とはいえ、当時の東京吉本は現在のような巨大インフラではなく、若手芸人の待遇は極めて過酷でした。加藤は新宿歌舞伎町のバーテンダーや運送業のアルバイトで食いつなぎ、風呂なし・トイレ共同の家賃2万円台のアパートで極貧生活を経験。当時の若手時代を振り返るインタビューで加藤は、「明日の米も買えない日々だったが、山本とネタを合わせている時間だけは絶対に売れると信じて疑わなかった」と述懐しています。