在任64日の真相!羽田元総理の短命劇と省エネルック、羽田家の現在
在任64日の真相!羽田元総理の短命劇と省エネルック、羽田家の現在を徹底追究! 読者が気になる トピックの裏側を凝縮して配信します。
羽田孜氏は1935年、衆議院議員を務めた羽田武嗣郎氏の長男として生まれました。成城大学を卒業後、小田急バスに勤務するという異色の経歴を経て、1969年の衆議院議員総選挙で旧長野2区から初当選。田中派、竹下派の中心メンバーとして順調に出世街道を歩みます。
党内屈指の政策通として知られ、農林水産大臣を2度務めるなど「ミスター農政」として頭角を現した羽田氏は、大蔵大臣や外務大臣などの要職を歴任。誰もが「将来の総理候補」と認める存在となりました。
しかし、1992年に東京佐川急便事件を機に竹下派が分裂すると、羽田氏は小沢一郎氏らとともに改革フォーラム21を結成。翌1993年、宮澤内閣の内閣不信任案に賛成票を投じて自民党を集団離党し、新生党を旗揚げします。細川護煕氏を首班とする非自民・非共産の8党派連立政権で副総理兼外相を務め、日本の55年体制に終止符を打つ決定的な役割を果たしました。