チャンバラトリオ歴代メンバーの現在と死因|4人いた理由とハリセン伝説
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チャンバラトリオを語る上で欠かせないのが、「トリオ(3人組)を名乗っているのに舞台上に4人いる」という前代未聞のシチュエーションです。1990年代初頭、劇場やテレビ番組に4人で登場する彼らの姿を見て、強烈な違和感とともに大笑いした視聴者は少なくありません。
この異例の体制が生まれた背景には、メンバー同士の深い絆と、吉本興業らしい徹底したエンターテインメント精神がありました。
1983年に結城哲也が俳優業へ専念するために脱退した際、新メンバーとして迎え入れられたのが前田竹千代でした。前田はすぐにトリオに不可欠な存在となり、人気を不動のものにします。ところが1990年、諸事情により結城哲也がグループへ復帰することになりました。
通常であれば新旧メンバーの交代劇となるところですが、すでに前田竹千代の功績と人気は絶大であり、山根伸介らは「前田をクビにするわけにはいかない」と決断します。結果として結城と前田の双方が在籍することになり、物理的に4人組の体制が完成しました。
周囲からは「チャンバラカルテットに改名すべきではないか」という声も上がりましたが、山根伸介は頑なに「チャンバラトリオ」の屋号を守り続けました。その理由は極めて明快でした。「トリオで売れた名前を変えると縁起が悪い」という興行上の判断に加え、「トリオなのに4人いること自体を最大のボケ(ツッコミ待ち)にする」という計算があったためです。
司会者から「4人いるじゃないですか!」と突っ込まれると、リーダーの山根が「1人は予備です」「3人足す1人でやってます」と飄々と返し、客席を大爆笑させるのがお約束のキラーフレーズとなりました。