「女人禁制の山」なぜ今も?大峯山の歴史とジェンダー論争の真相
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大峯山の歴史は、7世紀末に修験道の開祖である役小角(えん の おづぬ)がこの地を修行の場として拓いたことにさかのぼる。自然信仰と密教、神道が融合した修験道において、山腹深く入る行者は命がけの荒行に身を投じる。岩壁から身を乗り出す「西の覗き」など、過酷な修行を行う上で、外界の人間関係や世俗的執着から完全に遮断された環境が不可欠とされた。
かつて日本各地の霊山には女人禁制の区域が存在していたが、明治時代の政令によってその多くが解禁された。しかし、大峯山では地元の寺院や講(信者組織)、地域住民の強い連帯によって独自の宗教自治が保たれ、戒律が今日まで途切れずに受け継がれてきた。これは歴史的にも極めて異例なケースと言える。