僧侶から秀吉の右腕へ!宮部継潤の出世劇と浅井裏切りの真相
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晩年の宮部継潤は、家督を養子(実子とも)の宮部長房に譲り、秀吉の身近に侍る「御伽衆(おとぎしゅう)」として重用されました。御伽衆とは、天下人の話し相手を務めながら政治・軍事・学問の諮問に応じる最高顧問グループです。
太閤記や当時の記録によると、継潤は豊かな仏教的素養とユーモアを併せ持ち、気性の激しい秀吉を巧みに諫めることができる数少ない人物でした。秀吉が精神的なプレッシャーを抱えた際、継潤の語る説話や茶の湯の席での対話が大きな癒やしになっていたと伝えられています。
決して出過ぎず、しかし任された職務は完璧にこなす堅実な人柄は、家中内外から高い信望を集めました。権力闘争に明け暮れた豊臣政権末期において、味方からも敵方からも怨嗟の声がほとんど記録されていない点は、継潤の優れた人間性と高い危機管理能力を証明しています。