特攻隊から逃げた人は実在したのか?9回生還した隊員と振武寮の闇
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戦時中の軍法規において、作戦任務を放棄する行為は重罪とみなされました。陸軍刑法および海軍刑法には「敵前逃走」に対する厳罰規定が存在し、最高刑は死刑(銃殺刑)と定められていました。そのため、文字通り敵前から逃走して脱走兵となった隊員が公認されることは原理的にあり得ませんでした。
しかし、実際の戦場における特攻からの帰還理由の大半は、エンジントラブル、悪天候による視界不良、敵艦を発見できなかったことによる燃料限界でした。当時の航空機は熟練工の不足と資材枯渇により極めて故障率が高く、離陸直後に不時着を余儀なくされるケースが日常茶飯事だったのです。
軍司令部も形式上は「機体異常時の帰投」を認めていましたが、現場の空気は苛烈を極めました。生還した隊員に対して軍上層部は「なぜ突入しなかったのか」「死に場所を失った卑怯者」と激しい叱責や暴力を加え、特攻隊の拒否や処分を恐れるあまり、故障を抱えたまま無理に突入して命を落とす隊員も少なくありませんでした。