世界の任天堂を築いた山内溥の経営哲学と今明かされる決断の裏側
今注目を集めている 世界の任天堂を築いた山内溥の経営哲学と今明かされる決断の裏側について、多角的な視点をご紹介しています。
2002年、半世紀近くにわたりトップを務めた山内は、後継者として当時42歳だった岩田聡を抜擢した。創業家による同族経営を自ら断ち切り、天才プログラマー出身の若きエンジニアに全権を委ねる決断は、経済界に大きな衝撃を与えた。自身のカリスマ性に頼る経営から、論理と対話を重んじる組織経営へのシフトを狙った最高にして最後の超絶的な人事策だった。
山内は岩田に対し、「任天堂を任せる。ただし、任天堂の形を変えても構わない」と言い渡したとされる。自らの成功体験すら全否定できる無私の境地。この潔い退場劇があったからこそ、岩田体制でのニンテンドーDSやWiiといった爆発的ヒットを生む新時代への移行が滑らかに果たされたのだ。