なぜここまで違う?日本を二分する東西文化と境界線の真相を徹底解明

なぜここまで違う?日本を二分する東西文化と境界線の真相を徹底解明についての最新情報を徹底解説します。

日々の移動や家電の使用においても、知らぬ間に東西の境界を意識させられる場面が多々あります。

駅などのエスカレーターで「急ぐ人のために片側を空ける」マナーにおいて、東京をはじめとする東日本では「左側に立ち、右側を空ける」のが一般的ですが、大阪を中心とする関西では「右側に立ち、左側を空ける」という逆の現象が起きます。

この違いが定着した契機は、1970年の大阪万国博覧会でした。当時、阪急電鉄梅田駅に設置されたロングエスカレーターにおいて、海外からの来訪者を迎えるにあたり、ロンドンやヨーロッパの標準(国際ルール)であった「右立ち・左空け」をアナウンスしたことが関西一帯に定着した直接的な引き金です。一方で東京の左立ちは、武士が刀を左腰に差していたため自然と左側通行が定着していた名残という説や、道路交通法の左側通行原則が自然適用されたという見解が有力視されています。

また、日常生活の根底を支える電力インフラにおける「50Hz(東日本)」と「60Hz(西日本)」の周波数の違いは、明治時代の導入経緯という純粋な歴史的偶然によるものです。1895年に東京電燈がドイツ(AEG社)から50Hzの発電機を輸入したのに対し、1897年に大阪電灯がアメリカ(GE社)から60Hzの発電機を導入しました。双方が独自に送電網を拡張していった結果、現在に至るまで統一されることなく、周波数変換所を介して融通し合う構造が続いています。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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