放送事故から20年――Dj Ozma「紅白裸ボディスーツ騒動」が令和のネット社会に遺したもの
放送事故から20年――Dj Ozma「紅白裸ボディスーツ騒動」が令和のネット社会に遺したものの特集記事をお届けします。最新トレンドが詰まっています。
なぜ、あれほどまでに人々は怒ったのか。単に「裸に見えたから」というだけではない。そこには、紅白歌合戦という場が持つ「聖域性」への不可侵条約があった。紅白は、昭和から続く日本の家族の絆を確認するための共同幻想である。DJ OZMAはその幻想のど真ん中に、悪意とも悪ふざけともとれる巨大なウェッジを打ち込んだのだ。
もしこれが深夜のバラエティ番組や、アンダーグラウンドなクラブイベントであれば、これほどの騒ぎにはならなかっただろう。ゴールデンタイムの、それもNHKという最も堅いメディアでやったからこそ、この悪戯は歴史的な事件へと昇華した。確信犯的なテロリズムに近い。表現の自由と、公共の電波における品位。その綱引きの限界点が、あのスーツによって可視化された瞬間だった。