矢野顕子と大貫妙子が紡ぐ半世紀の絆|共演歴と音楽的ケミストリー
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2人のキャリアが交錯し始めたのは、日本のニューミュージックやシティポップの基礎が形作られた1970年代半ばのことです。大貫妙子さんは山下達郎さんらとともにシュガー・ベイブのメンバーとして活動し、バンド解散後の1976年に名盤『Grey Skies』でソロデビューを果たしました。一方の矢野顕子さんも同じく1976年、弱冠21歳にして日米のトップミュージシャンが参加した歴史的傑作『JAPANESE GIRL』を発表し、楽壇に鮮烈な衝撃を与えます。
当時、細野晴臣さん、鈴木茂さん、林立夫さん、松任谷正隆さんらによるティン・パン・アレーの周辺には、時代の最先端を担う才能が集結していました。大貫妙子さんと矢野顕子さんもスタジオワークやライブの現場で自然と顔を合わせるようになります。まだ女性が自作自演でバンドサウンドを率いることが珍しかった時代、スタジオミュージシャンとしても並外れた存在感を放っていた2人は、言葉を交わさずとも互いの才能を瞬時に感じ取っていました。