「せきをしてもひとり」新資料が明かす漂泊の俳人・尾崎放哉の真実
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彼の生涯は、挫折と漂白の連続だった。鳥取の裕福な家庭に生まれた本名・尾崎秀雄は、名門の第一高等学校を経て東京帝国大学法科大学に入学。エリートコースをそのまま歩み、東洋生命保険に入社した。しかし、彼の内に潜む破滅的な衝動と酒癖の悪さが、平穏な人生を容赦なく壊していく。
仕事の不始末や酒トラブルの果てに職を辞した彼は、妻とも別れ、世俗の身分をすべて捨て去った。京都の一燈園から始まり、福井の常高寺、神戸の須磨寺、さらには四国へと至る放浪の旅。最終的に寺の掃除や雑務をこなす「寺男」として食いつなぐ極貧生活を選び取った。
エリートとしてのプライドを抱えたまま、底辺の暮らしに身を沈めるジレンマ。周囲の人々との摩擦を絶え間なく引き起こしながらも、彼は自らの愚かさや惨めさを隠そうとしなかった。その愚直なまでの自己嫌悪こそが、他者の作った器には到底収まりきらない詩才の源泉となっていた。