任天堂の怪物・山内溥社長の伝説!岩田聡を後継者に選んだ真意と豪快経営
任天堂の怪物・山内溥社長の伝説!岩田聡を後継者に選んだ真意と豪快経営を徹底追究! 知っておきたい 重要ポイントを分かりやすく展開します。
山内溥氏は1927年(昭和2年)11月7日、京都市に生まれました。早稲田大学法文学部に在学中だった1949年、祖父である第2代社長・山内積良氏の急病に伴い、弱冠22歳で任天堂の社長に就任します。就任にあたって山内氏が出した条件は「同族の役員を全員退陣させ、自分ひとりに全権を委ねること」でした。ここから、半世紀以上にわたるワンマン体制と奇跡の快進撃が幕を開けます。
就任直後にはプラスチック製トランプの開発やディズニーキャラクターの版権取得で大ヒットを飛ばすものの、玩具業界の波は激しく、タクシー事業や食品事業への多角化失敗といった深刻な経営危機も経験しました。しかし、山内氏は「娯楽(エンターテインメント)」という一点に会社の命運を集中させる決断を下し、後のエレクトロニクス玩具、そして家庭用ゲーム機へと舵を切っていきます。
任天堂の歴史を振り返る上で欠かせない歴代社長の一覧を見ても、山内氏が占める比重の大きさが分かります。