お市の方は本当に戦国一の美女だったのか?肖像画と壮絶人生の真相

お市の方は本当に戦国一の美女だったのか?肖像画と壮絶人生の真相に関する疑問を分かりやすくまとめました。詳細な解説をご確認ください。

お市の方の美の遺伝子は、彼女が命がけで逃がした3人の娘、すなわち浅井三姉妹(茶々・初・江)へと色濃く受け継がれました。

なかでも長女の淀殿(茶々)は、「立ち姿から顔立ちまで母親のお市の方に生き写し」と評されるほどの美貌を誇りました。秀吉がお市の方の死後、茶々を執拗に側室として迎え入れた背景には、決して手に入らなかった憧れの美女・お市の方の面影を茶々の中に強く見出していたからに他なりません。

また、次女の初(常高院)は名門・京極家に嫁ぎ、外交手腕と気品で家を守り抜きました。三女の江(崇源院)は徳川二代将軍・秀忠の正室となり、三代将軍・家光の母として徳川宗家の血筋を支えます。三姉妹がそれぞれの嫁ぎ先で強烈な存在感を放ち、乱世の主役たちを魅了し続けた事実は、お市の方から受け継いだ高貴な血統と天性の美貌の証明といえます。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest