安倍晋三の父・晋太郎はなぜ首相になれなかった?華麗なる一族の真相を徹底解説
安倍晋三の父・晋太郎はなぜ首相になれなかった?華麗なる一族の真相を徹底解説の基礎知識と応用に迫る! 専門的な視点でまとめました。
安倍晋太郎は1924年(大正13年)4月29日、山口県大津郡油谷町(現・長門市)に生まれました。東京帝国大学(現・東京大学)法学部を卒業後、毎日新聞社の政治部記者としてキャリアをスタートさせます。記者時代に培った鋭い情勢分析力と持ち前の誠実な人柄は、のちに政界へ転身した際にも大きな武器となりました。
1958年の第28回衆議院議員総選挙で旧山口1区から出馬し、初当選を果たします。農林水産大臣、通商産業大臣、内閣官房長官といった重要閣僚を歴任し、竹下登、宮沢喜一とともに「安竹宮(あんちくみや)」と呼ばれるポスト中曽根の有力なニューリーダーとして頭角を現しました。
とりわけ評価が高いのが、中曽根康弘内閣で通算4期務めた外務大臣としての実績です。当時としては異例の80カ国以上を歴訪し、泥沼化していたイラン・イラク戦争の仲介調停や、日米貿易摩擦の激化を防ぐ粘り強い対話など、「創造的外交」を掲げて国際社会における日本の存在感を高めました。端正な顔立ちとスマートな物腰から「プリンス」の愛称で国民的人気を博し、将来の首相就任を疑う者は政界内外にいませんでした。