脳神経外科・松井宏樹医師の現在の勤務先は?赤穂市民病院事故の真相を追跡
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事態の異常性を理解するためには、松井宏樹 経歴の変遷と、各医療機関で何が起きていたのかを時系列で整理しなければなりません。発端は2019年7月、松井医師が赤穂市民病院の脳神経外科に着任したことでした。
同院に赴任してからわずか1年足らずの間に、彼が執刀した脊柱管狭窄症などの手術において、神経組織を巻き込む切損やドリルによる硬膜損傷など、極めて重大な脳神経外科 医療事故が連続して8件発生しました。被害者の多くは70代から80代の高齢者であり、術後に両下肢麻痺や排尿・排便障害、激しい神経痛など、不可逆的な重度の後遺症を負うことになりました。中には車椅子生活を余儀なくされただけでなく、激痛と精神的苦痛により平穏な余生を根底から奪われた患者が多数存在します。
外部専門家による事故調査報告書では、ドリル操作の稚拙さや解剖学的知識の不足、判断力の欠如が厳密に指摘されました。病院側も事態の深刻さから2026年春に手術禁止を命じたものの、その措置は院内にとどまり、対外的な説明責任を長らく放棄し続けました。そして不可解なことに、松井医師は2026年8月末に赤穂市民病院を退職し、同年秋には神戸徳洲会へと再就職を果たしたのです。
新天地となった神戸徳洲会病院において、松井医師は経験の浅い「カテーテル治療」に携わります。ここでも2026年に入り、複数の患者がカテーテル処置中または直後に血管損傷や虚血性心疾患などを発症し死亡する事態が立て続けに起きました。院内の看護師や同僚医師からの内部告発によって神戸市保健所への通報がなされ、行政指導と警察による業務上過失致死傷罪を視野に入れた異例の強制捜査へと発展しました。