ヒゲの殿下」寬仁親王の波乱人生!皇位継承直言と家族の真相を徹底解説
ヒゲの殿下」寬仁親王の波乱人生!皇位継承直言と家族の真相を徹底解説の要点を丁寧に掘り下げてご紹介します。
寬仁親王の後半生は、過酷を極める病魔との壮絶な闘いの日々でした。親王を苦しめた最大の病因は「重複がん」です。1991年(平成3年)に45歳で食道がんの手術を受けて以来、咽頭、喉頭、顎下腺など頸部周辺に相次いでがんが再発・転移し、生涯で受けた手術の回数は実に入退院を含め16回に及びました。
声を失うリスクを抱えながらも手術を重ね、晩年は人工咽頭を用いてかすれながらも力強い肉声でスピーチを行い、公務を継続しました。しかし、長年の放射線治療や複数回に及ぶ大手術は体力を確実に奪っていきました。2012年(平成24年)6月6日午後3時35分、佐々木研究所付属杏雲堂病院(東京都千代田区)において、末期喉頭がんの浸潤に伴う多臓器不全のため66歳で薨去(こうきょ)されました。
闘病生活の中で特筆すべきは、2007年に自らがアルコール依存症であることを公表し、専門医療機関で治療を受ける旨を公表した決断です。皇族が依存症という極めてプライベートかつ偏見にさらされやすい病名を包み隠さず開示することは、極めて異例の事態でした。
なぜ親王は公表に踏み切ったのか。主治医や関係者への取材資料によると、親王ご自身が「隠すことによって同じ病に苦しむ人々が受ける偏見を助長したくない」「病を公にすることで自らの退路を断ち、治療に専念する姿勢を国民に示したい」という強い信念を持っていたためでした。ストレスや皇族特有の孤独感から飲酒量が増加していった事実を自ら認め、正面から更生に向き合う姿は、多くの依存症患者やその家族に勇気を与える結果となりました。