武田四天王・山県昌景の武勇伝!長篠の戦いで見せた新戦術の謎
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真紅の甲冑で全身を統一した伝説の軍装「赤備え」。その象徴として後世に語り継がれる山県昌景だが、部隊の誕生には武田家の内紛という重い歴史が横たわっている。もともと赤備えを率いていたのは、昌景の兄である飯富虎昌だった。信玄の嫡男・義信の謀反計画に加担した虎昌が自害した後、その配下と部隊の伝統を引き継いだのが昌景である。
馬場信春、内藤昌豊、高坂弾正とともに武田四天王の一角に数えられた昌景。身長は140センチメートル台半ばと小柄で、容貌にも独特の特徴があったと伝えられる。だが、ひとたび甲冑を身にまとい采配を振るえば、その姿は味方には絶対の安心感を、敵軍には底知れぬ恐怖を植え付けた。
昌景の真価は、単なる前線指揮官にとどまらない。信玄側近としての取次役や領国支配の行政手腕、他国との外交交渉など、武田家の屋台骨を支える重臣として多方面で非凡な才能を発揮した。