歌舞伎町ヤクザマンションの現在|歴史と家賃相場、驚きの内部実態を暴く
歌舞伎町ヤクザマンションの現在|歴史と家賃相場、驚きの内部実態を暴くの注目ポイントを丁寧に掘り下げてご紹介します。
歌舞伎町のアンダーグラウンド史を語る上で避けて通れないのが、通称の筆頭として知られる「秀和第2新宿レジデンス」をめぐる経緯です。青い瓦屋根と白い塗り壁、特徴的なアイアンフェンスという「秀和レジデンス」シリーズ共通の南欧風デザインを持ちながら、歌舞伎町という特異な立地ゆえに数奇な運命を辿ることになりました。
ネット上で語り継がれる秀和第2新宿レジデンス 噂の発端は、1970年代の竣工直後から始まった投資用ワンルームの乱売と、その後のバブル経済でした。利便性の高さと匿名性の確保のしやすさから、住吉会系をはじめとする複数の暴力団組織が次々と区分所有権を買い進め、あるいは賃貸で部屋を確保していきました。これが、歌舞伎町 アジト 歴史と経緯の本格的な始まりです。
全盛期には、ドアスコープが外から覗けないよう加工され、玄関ドアには幾重もの電子ロックと防弾仕様の鉄板が溶接されていました。窓ガラスの内側に鋼鉄製の防犯シャッターが降ろされた異様な部屋が複数存在し、捜査員の間では「要塞マンション」と呼ばれたほどです。1990年代から2000年代にかけては、対立組織による発砲事件や組員間の刃傷沙汰が実際に発生し、警察の家宅捜索が入るたびに全国ニュースの映像として全国に配信されました。
潮目が完全に変わったのは、2000年代半ばから始まった一般住民と管理組合による決死の立ち上がりです。警察当局や弁護士会の支援を受けた管理組合は、管理規約を改正して「暴力団事務所としての使用禁止」を明文化。粘り強い明け渡し訴訟と街頭パトロールを重ね、2011年の東京都暴力団排除条例施行が決定打となりました。かつての要塞は、住民運動と法規制の連携によって、暴力団の公然たるアジトから解放されていったのです。