福沢諭吉「人の上に人を造らず」の真実|続きに書かれた驚きの格差論
福沢諭吉「人の上に人を造らず」の真実|続きに書かれた驚きの格差論の基本情報から最新動向までを一挙に解説しました。
『学問のすすめ』が刊行された当時の日本は、明治維新直後の大混乱期にありました。士農工商という封建的な固定的身分制度が瓦解し、国民全員が「明日からどう生きていけばいいのか」途方に暮れていた転換期です。
福沢諭吉がこの書を世に問うた人の上に人を造らず背景経緯には、明確な現場の動機がありました。福沢は郷里である豊前国中津(現在の大分県中津市)に西日本最大規模となる英学校「中津市学校」を開校させるにあたり、同郷の盟友・小幡篤次郎とともに、新時代を生きる若者や領民への激励と指針を込めて執筆したのがこの初編です。
当時の3500万人の人口に対し、正規版だけで340万部を突破した事実は、現在のベストセラー感覚を遥かに超越し、社会現象という言葉すら生ぬるい普及率でした。旧藩時代の門閥制度(生まれによる差別)に激しい憎しみを抱いていた福沢は、自伝『福翁自伝』の中で「門閥制度は親の敵(かたき)でござる」とまで吐露しています。その福沢だからこそ、「身分制度の壁は崩れた。ここからは勉強した者が勝つ世界だ」という激烈なメッセージが、民衆の胸に火をつけたのです。