大鏡「花山院の出家」なぜ騙された?藤原道兼の罠と寛和の変の真相
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Q1:花山天皇が出家を決断した最大の動機は何ですか?
A1:最愛の女御であった藤原忯子(弘徽殿の女御)の死です。妊娠中だった忯子を病で亡くした帝は精神的に追い詰められ、後追い出家を考えるほど憔悴していました。そこへ藤原道兼が「私も一緒に出家してお供します」と嘘の提案をしたことで、決断を決定づけられました。
Q2:なぜ藤原兼家一族はそこまでして花山天皇を退位させたかったのですか?
A2:兼家の孫である一条天皇(懐仁親王)を即位させ、兼家自身が「摂政」となって朝廷の最高権力を握るためです。花山天皇が若くして成人していたため、そのまま在位を続けられて自らの親政(荘園整理令など)が進むと、兼家ら外戚勢力の影響力が排除されてしまう危機感がありました。
Q3:花山天皇を騙した藤原道兼のその後の人生はどうなりましたか?
A3:道兼は政変の功績によって順調に出世し、兄・道隆の死後に念願の関白の座に就きました。しかし、就任からわずか7日後に当時猛威を振るっていた天然痘(疫病)に倒れ、急死してしまいます。世間からは「七日関白」と嘲笑され、花山天皇を謀った報いであると噂されました。