徒然草「花は盛りに」の真実!兼好法師の美意識と現代語訳・品詞分解
徒然草「花は盛りに」の真実!兼好法師の美意識と現代語訳・品詞分解にまつわる最新トピックを分かりやすく発信ます。
古典の読解において最も重要なのは、言葉の骨格を正確に捉えることです。ここでは、入試や定期試験で最も問われやすい冒頭から前半部分の花は盛りに現代語訳と、精密な文法構造を紐解いていきます。
【原文】
花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。雨に向ひて月を恋ひ、たれこめて春の行方知らぬも、なほあはれに情け深し。吹きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ、見所多けれ。
【花は盛りに現代語訳】
桜の花は満開のときに、月は曇りのない満月だけを見るものだろうか、いや、決してそうではない。雨降る空に向かって見えない月を恋しく思い慕い、すだれなどを垂れて部屋に閉じこもり、春がどこへ行ってしまうのかと行方を知らないでいるのも、やはりしみじみと趣深く、風情がある。今にも咲きそうに膨らんだ梢や、花が散ってしおれている庭などにこそ、見るべき価値のある見所が多いのである。
この短文の中に、古文文法の重要事項が凝縮されています。特に花は盛りに品詞分解を進める上で絶対に外せないのが、助詞の重なりと係り結びの働きです。
冒頭の「月は隈なきをのみ」における「隈なき」は、形容詞「隈なし(曇りや陰りがない)」の連体形であり、直後の格助詞「を」に接続しています。続く限定の副助詞「のみ(〜だけ)」、体言の代用をする形式名詞「もの」、そして反語の終助詞「かは」へと繋がります。「をのみ見るものかは」は、直訳すれば「〜だけを見るものだろうか(いや、そうではない)」という反語表現を形成し、筆者の強い自己主張を読者に印象づける決定的な役割を果たしています。
また、後半の「吹きぬべきほどの梢」における「ぬ」は完了の助動詞「ぬ」の終止形、「べき」は推量の助動詞「べし」の連体形です。文末の「見所多けれ」は、直前の強調の係助詞「こそ」を受けて形容詞「多し」の已然形「多けれ」で結ばれており、係り結びの基本法則を完璧に体現しています。