小作争議とは?原因や歴史・農民と地主の対立をわかりやすく解説

小作争議とは?原因や歴史・農民と地主の対立をわかりやすく解説について分かりやすく解説いたします。最新の情報をお届けします。

全国で年間数千件規模の争議が発生する事態を受け、支配体制の動揺を恐れた政府は「懐柔」と「弾圧」の二面政策に乗り出します。

1924年(大正13年)、政府は裁判所が介入して地主と小作人の妥協を図る「小作調停法」を制定しました。しかし、この調停は地主側に有利な決定が下されるケースも多く、根本的な格差解決には至りませんでした。

さらに1925年(大正14年)に「治安維持法」が制定されると、社会主義思想と結びつきを強めていた農民運動の指導者層は厳しく取り締まられるようになります。1930年代の昭和恐慌によって農村が壊滅的な大打撃を受けると、争議の件数は過去最高を記録しましたが、やがて日本が軍国主義と戦時体制へ突き進む中で、運動そのものが国家権力によって封じ込められていきました。

吉田 誠

吉田 誠

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest