三億円事件の現在とは?「奴が犯人の1人に間違いない」 | かっこいい有名人研究所
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2026年現在、未解決事件「三億円事件」の犯人は誰と予想されているのでしょうか。
三億円事件の犯人ついて、2026年12月のYAHOOニュースに取り上げられていたため記事を要約しました。
1968年12月10日に起きた「三億円事件」。
発生直後に捜査本部が目を付けた地元の不良少年・佐伯徹(仮名)は、警察の取り調べを受けることなく自死しました。
一度は捜査本部も捨てた「佐伯犯人説」でしたが、時効を前に最後の捜査の主たる対象は、佐伯少年と同じ不良グループの「立川グループ」で、事件後から急に金回りが良くなった青田正(仮名)を追うことになりました。
青田正は車の窃盗常習者で、佐伯少年とは親密な友人関係にあったそうです。
「青田正の家は貧しく、父親は病気で入院していた。本人も定職がなく、スナックを経営する母親にしょっちゅうカネを無心していた。それが事件翌年、喫茶店を開き、不動産会社を設立。昭和50年当時は、六本木に事務所を構えて株の仕手戦を手がけており、家賃が10万円以上もする代々木の外交官が住む家具付きマンションが自宅だった。何百万円もするムスタングやコルベットなどの高級外車を次々と乗り回し、ハワイの高級別荘まで購入していました。我々の間では“最後の容疑者”と呼ばれていた」とある元警部補が語っています。
警視庁が青田正を別件の恐喝容疑で逮捕し、青田正が動かしたカネの出所を集中的に調査したところ「三億円事件」後の1968~1971年当時のカネの出所が問題視されました。
青田正はカネの出所を秩父の知り合いから借りたものとしましたが、警察がその人物に確認すると嘘だということが判明しました。
「取調室では激しい攻防が続きました。しかし不測の事態が生じた。おかしな点を追及していると、彼が突然、ウワーと叫び、机や床に頭を打ちつけ始めたんです。調べ官が“出所を説明しろ”と更に迫ると“言えない”とだけ答え、また頭をぶつけ始めた。“なぜそんな苦しい思いをする。カネの出所を説明すれば済むだけのことだろう”と叱責したが、それには答えず、自傷行為を繰り返しました。自殺を図ろうとしているようなものです。マスコミに漏れたら、大変な問題になる。聴取にならず、時効の問題もあり、上層部の判断で取り調べは打ち切られました。結局、怪しいカネの出所ははっきりしないまま終わった。時間がなかったのが残念です。奴が犯人の1人で間違いない。もう少しで逃げ切れるので、必死にあんなマネをしたのでしょう」と青田正の取り調べ状況を知る元刑事が語っています。
未解決事件のため、逮捕することは叶わないものの青田正が犯人の一人なのはほぼ間違いなさそうです!