加藤清正の子孫・末裔が現在全く存在しない(途絶えた)原因は改易! | かっこいい有名人研究所
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加藤忠広は、父・加藤清正の三男(実質の長男)であり、のちに受け継いだものを失うことになる人物です。
なぜ実質長男なのかというと、2人の兄が幼いころに亡くなってしまったからです。
その結果、実質長男として後継ぎは加藤忠広ということになりました。
加藤清正が亡くなったのは加藤忠広が11歳の時であり、同時に熊本藩主となりましたが、この若さが故に、家臣をまとめることができず、派閥ができてしまったり、統一が取れなかったようです。
さらに、まだ幼かった加藤忠広に相続させる事に様々な反対の声があり、条件を提示の上での相続となりました。
その条件とは、「加藤家の家臣に誓約書を書かせる」といったもので、徳川家康が提示したものでした。
偉大な父を持つが故に周りの目も厳しかったのではないでしょうか。
最終的に加藤清正の評価が良かっただけに加藤忠広はイマイチな評価であったようです。
穏やかな加藤清正とは違い、加藤忠広は気性も荒かったという話がありますが、幼い頃に抱えきれない程のものを背負い、強くなるしかなったのではないかと思ってしまいます。