いとしのクレメンタイン歌詞と怖い真相|雪山讃歌の原曲を徹底解剖

いとしのクレメンタイン歌詞と怖い真相|雪山讃歌の原曲を徹底解剖の重要ポイントを解説します。役立つ情報がチェックできます。

日本において「いとしのクレメンタイン」の旋律は、ダークダックスの歌唱などでも知られる国民的愛唱歌「雪山讃歌」として定着しています。原曲のブラックな内容とは対照的に、雄大な雪山への賛美と若者の純粋な友情・情熱が歌われていますが、この名作が生まれた経緯も非常にドラマチックです。

作詞を手がけたのは、後に第一次南極地域観測隊の越冬隊長を務めることになる科学者・登山家の西堀栄三郎氏です。1927年(昭和2年)の冬、京都帝国大学山岳部のメンバーだった西堀氏は、群馬県の鹿沢温泉付近で猛吹雪に見舞われ、山小屋に数日間閉じ込められる事態に陥りました。

雪が止むのを待つ間、退屈と寒さに耐えかねた仲間たちを元気づけるため、西堀氏がその場で即興的に作詞したのが「雪山讃歌」の始まりでした。「雪よ岩よ われらが宿り」で始まる清々しい歌詞は、過酷な自然に立ち向かう岳人たちのバイブルとなり、戦後になってレコード化され日本中に広まりました。

原曲が「ゴールドラッシュの乾いた砂埃と人間の業」を歌ったのに対し、日本の替え歌は「白銀の雪山と崇高な冒険心」を歌い上げたという点において、世界でも類を見ない興味深い文化的変容を遂げています。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest