高倉健が遺した想いと遺産の真相 養女・小田貴月が語る同居17年
高倉健が遺した想いと遺産の真相 養女・小田貴月が語る同居17年にまつわる興味深い視点を詳しく紐解きます。
高倉健の人生を語る上で、名門・東映での任侠映画時代と、唯一の妻であった江利チエミとの関係を避けて通ることはできない。1950年代半ばにデビューした高倉は、『網走番外地』や『日本侠客伝』『昭和残侠伝』シリーズで爆発的な人気を獲得し、一世を風靡した。着流しにドスを構え、理不尽に耐え抜いた末に殴り込む姿は、当時の日本人の情念を一身に背負った象徴だった。
私生活では1959年にトップシンガーの江利チエミと結婚。誰もが羨むおしどり夫婦とされたが、世田谷の自宅火災や親族トラブル、子宝に恵まれなかった悲劇などが重なり、1971年に離婚に至る。その後、江利チエミは1982年に45歳の若さで急逝するが、高倉は生涯再婚することはなかった。
毎年、彼女の命日には人目を忍んで墓参に訪れ、手を合わせ続けていた高倉健。小田氏と過ごした晩年の17年間においても、その心境の底流には常に過去への追悼と、ひとりの女性に対する複雑な思慕が刻まれていたとされる。不器用なまでに情義を重んじる人間性は、映画の役柄そのままに彼の人生を貫いていた。