新選組筆頭・芹沢鴨暗殺の真相!最新史料が暴く水戸天狗党の密約
新選組筆頭・芹沢鴨暗殺の真相!最新史料が暴く水戸天狗党の密約を徹底追究! 知っておきたい トピックの裏側を分かりやすく展開します。
この粛清劇において決定打となったのは、現場の私怨ではなく京都守護職・会津藩の「公式な暗殺許可」が下りていた事実である。松平容保は当初、芹沢の政治的手腕と胆力を高く評価していた。だが、八月十八日の政変を経て京都の情勢が一変する。
長州派が京都から追放され、公武合体派が主導権を握る中で、水戸系の過激思想を色濃く残す芹沢は完全に危険分子と見なされた。芹沢が会津藩の意図を超えて独自に動員力を誇示し始めた瞬間、その政治生命は断たれたのだ。
近藤と土方は、会津藩首脳陣に対して芹沢の罪状を綿密に報告し、処分の内諾を取り付けた。つまり、八木邸の事件は隊内の内輪揉めなどではなく、幕府権力が治安維持部隊の看板を掛け替えるために断行した、極めて冷徹な「政治的トカゲの尻尾切り」であった。