鎌倉幕府を滅ぼした「暗君」か?北条高時、覆る暴君説の真相
鎌倉幕府を滅ぼした「暗君」か?北条高時、覆る暴君説の真相の真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉で紐解きます。
では、なぜ北条高時はこれほどまでに酷評されてきたのか。日本史学・歴史研究の最前線では、『太平記』の記述を鵜呑みにする従来の見方に厳しいメスが入っている。
『太平記』は勝者である室町幕府や建武新政の正統性を強調するため、鎌倉幕府の滅亡を「天罰」として物語る必要があった。いわゆる儒教的な易姓革命の思想に基づき、王朝の末代には必ず「酒色や放蕩に溺れる暴君」が配される。高時の闘犬狂いや田楽への異常な執着は、滅亡の必然性を強調するために誇張・創作されたプロパガンダの側面が極めて強い。
現存する当時の古文書や寺社記録を紐解くと、高時が臨済宗の禅僧を深く保護し、政務の決済や宗教的儀礼を極めて真面目に執り行っていた痕跡が確認できる。彼が残した発給文書群には、狂気どころか前例を踏襲し秩序を維持しようとする堅実な統治者の姿が刻まれているのだ。