横山裕の生い立ちと家族の軌跡|義父の確執と弟を支えた壮絶な半生
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義務教育を終えるタイミングで、横山裕は大きな人生の選択を迫られます。同級生たちが高校進学を選ぶ中、彼は家庭の深刻な経済事情と義父からの精神的・物理的自立を急ぐため、高校へは進学せず中学卒業と同時に建設会社へ就職しました。
配管工事や道路の舗装作業など、早朝から夕方までニッカポッカを履いて現場作業員として汗を流す日々。15歳の少年が背負うにはあまりに重い現実でしたが、彼は弱音を吐くことなく現場の大人たちに混ざって働き続けました。
転機が訪れたのは中学卒業直前の1996年でした。「うちの子は絶対にジャニーズに入れる」と信じて疑わなかった母親が、本人の知らないところで事務所へ履歴書を送っていたのです。オーディションに合格し、関西ジャニーズJr.の一員としてレッスンに通い始めますが、すぐに華やかなデビューが約束される甘い世界ではありませんでした。
平日は早朝から建設現場で力仕事をこなし、週末になると新幹線で東京へ向かって音楽番組やステージで歌い踊るという、過酷極まりない二重生活が数年間続きました。現場の先輩職人から「おいジャニーズ、しっかり手ぇ動かせ!」とからかわれながらも、彼は目の前の仕事を投げ出しませんでした。この建設会社での泥臭い下積み経験が、後にSUPER EIGHTとして開花する「どんな現場でも物怖じしないハングリー精神」と「周囲への細やかな気配り」の揺るぎない土台となったのです。