越後一宮・弥彦神社の真相!二礼四拍手や重軽の石の謎を現地記者が解く
越後一宮・弥彦神社の真相!二礼四拍手や重軽の石の謎を現地記者が解くの全体像を分かりやすくまとめてご紹介します。
彌彦神社の創建は、社伝によれば紀元前392年の第8代孝霊天皇の御代に遡ります。実に2400年を超える悠久の歳月を重ねてきたこの社は、古代越後国の開拓指導者であった天香山命(あめのかごやまのみこと)を主祭神として祀っています。天照大御神の曾孫にあたる天香山命は、神武天皇の東征において霊剣「布都御魂(ふつのみたま)」を献上して皇軍を救った「高倉下命(たかくらじのみこと)」と同一神とされ、国家鎮護の要石として崇敬されてきました。
越後の民に製塩、農耕、漁撈、酒造、製鉄といった産業技術を一から授けた神霊であることから、弥彦神社のご利益と効果は極めて多岐にわたります。最も顕著なのは、荒れ地を豊かな穀倉地帯へと変貌させた神話に基づく「事業繁栄・起業成功・仕事運向上」です。地元新潟の経営者層の間では「事業で勝負をかける前には必ず弥彦へ参る」という慣習が連綿と受け継がれており、近年ではIT起業家やクリエイターが商談成立やプロジェクト成功の祈願に訪れる姿が目立ちます。
さらに、後述する弥彦山頂の奥宮には天香山命の妃神である「熟穂屋姫命(うましほやひめのみこと)」が共に祀られているため、家内安全や子孫繁栄、そして良縁を結ぶ強力な「縁結び」のご利益も併せ持っています。越後平野の豊かな実りを象徴する生命力そのものが、参拝者の心身を根底から活性化させる原動力となっています。