豊田商事会長刺殺事件の闇|カメラ前の白昼凶行と巨額詐欺、犯人の現在
豊田商事会長刺殺事件の闇|カメラ前の白昼凶行と巨額詐欺、犯人の現在の概要と注目ポイントを徹底的にカバーしました。
事件が起きた1985年6月18日、大阪市北区天神橋にあった永野一男会長の自宅マンション前には、早朝から新聞・通信社、在阪キー局を中心とする30人以上の報道陣がすし詰め状態になっていました。警察による詐欺容疑での家宅捜索および永野会長本人の逮捕が「秒読み」と報じられており、記者たちは連行の瞬間をカメラに収めようと手ぐすねを引いて待ち構えていたのです。
異変が起きたのは午後4時30分過ぎでした。自称鉄工所経営の飯田篤郎(当時56歳)と、その元従業員である矢野正憲(当時30歳)の男2人が姿を現します。男たちは報道陣に向かって「豊田商事の被害者に頼まれた」「これから永野をぶっ殺す」と大声で宣言しました。集まっていた報道陣は当初、過激なパフォーマンスや狂言の類と受け止め、制止するどころかカメラを向け続けたと当時の現場記者は手記で振り返っています。
しかし事態は瞬く間に暴走しました。2人はマンション通路に面した部屋のアルミサッシの格子を鉄パイプで力任せに引きちぎり、ガラス窓を叩き割って室内に侵入したのです。部屋の中からは永野会長の「助けてくれ!」という悲痛な叫び声と、激しい物音が響き渡りました。犯行に使われたのは旧日本軍の銃剣(軍刀)であり、永野会長は腹部や胸部など全身十数箇所を執拗に突き刺されました。
数分後、窓から這い出てきた2人の衣服と手は鮮血に染まっていました。飯田は居並ぶ記者たちを見据え、「警察を呼べ。俺が犯人や」「ざまあみろ、永野は死んだ」と勝ち誇ったように言い放ちます。駆けつけた大阪府警天満署員によって2人は殺人未遂の現行犯で取り押さえられましたが、永野会長は搬送先の病院で腹部刺創による出血性ショックのため、約45分後に息を引き取りました。国家権力の強制捜査が目前に迫る中、容疑者が公衆の面前で私刑(リンチ)に処されるという、法治国家の根底を揺るがす惨劇となったのです。