葛飾区熊野神社の結界伝説とは?安倍晴明ゆかりの社とご利益の真相
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葛飾区立石に鎮座する五方山熊野神社の起源は、今から一千年以上前の平安時代中期、長保年間(999年〜1003年)にまで遡ります。一条天皇の時代、花山法皇の熊野行幸に先達として奉仕した陰陽師・安倍晴明が、東国遊歴の折にこの地へ立ち寄り、紀州熊野三山から熊野大神を勧請したのが始まりと伝えられています。
東京都神社庁の記録や社伝によれば、東京都内に1,300社以上存在する神社の中で、安倍晴明の御手による勧請が伝わる社はここ葛飾区熊野神社のみです。さらに、葛飾区内に現存する神社の中でも最も古い歴史を有しており、下町の住宅街の中にありながら別格の風格を漂わせています。
晴明がこの地に社を築いた最大の動機は、すぐ脇を流れる「中川」の治水にありました。かつての中川は「中川七曲」と呼ばれるほど激しく蛇行し、豪雨のたびに氾濫を繰り返す暴れ川でした。地域の民が水害に苦しむ姿を目の当たりにした晴明は、陰陽道最高峰の秘術を用いて川の氾濫を封じ込め、人々の生活と安寧を永遠に守るための祈祷所としてこの聖地を定めたのです。