坂本勇人とマー君の絆|少年野球バッテリーから名球会までの全軌跡
坂本勇人とマー君の絆|少年野球バッテリーから名球会までの全軌跡の概要と注目ポイントを徹底的にカバーしました。
ふたりの物語のプロローグは、兵庫県伊丹市に位置する昆陽里(こやのさと)小学校時代にまで遡ります。ふたりが所属していた軟式少年野球チーム「昆陽里タイガース」において、バッテリーを組んでいた事実はあまりにも有名ですが、多くの野球ファンを驚かせるのは当時の「役割分担」です。
後に日米通算200勝を挙げる大投手・田中将大が「正捕手(キャッチャー)」を務め、巨人の不動の遊撃手として2000本安打を放つ坂本勇人が「エース投手(ピッチャー)」のマウンドに君臨していました。当時のチーム関係者の証言によると、小学時代の坂本は球威とキレに秀でていたものの制球に荒さがあり、その暴れ球を抜群の強肩と体格でどっしりと受け止め、的確にリードしていたのが田中少年だったと語られています。
ふたりは同じクラスで机を並べ、放課後はランドセルを放り出して暗くなるまで白球を追いかけました。当時から負けん気の強さは図抜けており、練習試合で失点した際にはマウンドとホームベースの間で激しく口論になったという逸話も残っています。互いに妥協を許さないプロフェッショナリズムの萌芽は、すでにこの少年野球グラウンドで育まれていました。