長与千種とダンプ松本は実は大親友?血の抗争に隠された45年の絆
長与千種とダンプ松本は実は大親友?血の抗争に隠された45年の絆とは一体何なのか? 背景や要点を丁寧に紐解いて紹介します。
全日本女子プロレスの興行を支えた当時のレフェリーやフロント関係者、そして同期生であるライオネス飛鳥の証言からも、長与千種とダンプ松本の特異な友情が浮き彫りになっています。
当時、全女のフロント(松永兄弟)は興行のリアリティを維持するため、ベビーフェイスとヒールが私生活で口を利くことを厳格に禁じていました。移動用の大型バスも別、宿泊先のホテルや食事の席まで完全に隔離されていたのです。万が一、仲良く談笑している姿をファンやメディアに目撃されれば、莫大な興行価値が瞬時に崩壊するためです。
しかし、昭和女子プロレス裏話として今や語り草となっているのが、「差し入れ作戦」です。ある巡業先の夜、ダンプ松本は付き人に命じて、長与千種が大好物だったケーキや果物を「絶対に千種以外にバレないように渡してこい」と届けさせていました。一方の長与千種も、身体を酷使して満身創痍だったダンプ松本へ、痛み止めの湿布や手紙を密かに託していたと伝えられています。
近年のダンプ松本長与千種対談において、2人は当時を振り返り、次のように笑い合っています。
「あの頃は本当に辛かった。街を歩けば石を投げられ、実家には脅迫電話が鳴り止まなかった。でも、千種がリングで全力で受けてくれたから、私は日本一の悪役をやり切ることができた」(ダンプ松本)
「香ちゃん(ダンプ松本)の優しさを一番知っていたのは私。どれだけチェーンで首を絞められても、竹刀で叩かれても、香ちゃんが私を壊そうとしていないことは肌の感覚で痛いほど分かっていた」(長与千種)
SNSやネット掲示板上では「あの流血戦が仲良し同士の演技だったとしたら興醒めだ」という極端な意見が散見されることもあります。しかし、当時の熱気と現場の空気感を知るオールドファンやプロレス識者の総意は正反対です。「本気で愛し、信頼し合っていたからこそ、命のやり取りのような過激なプロレスが成立した」という解釈こそが、関係者の間で共有されている動かしがたい真実です。